「私はもうすぐ永遠にあなたに会えなくなる」 ある日唐突に、彼女はぼくの部屋でそう言った。 「それは、遠まわしに別れようって言ってるの?」 彼女は下を向きながら、首を横に振った。 「違うの。私は未来が見えるの。別れたいとは思わない。けれど、 未来はそうなってしまうの」 さっぱり意味が分からなかった。はっきりと本当のことを言えば良いのに。 嫌いなら嫌いだといえば良いのに。そんな風にどうして変な言い訳をするんだろう。 そんな言い方をされたほうが嫌なのに。 「意味が、分からないよ」 彼女は、コーヒーを飲む。ぼくの部屋は何度も来ていて慣れているはずなのに、 緊張しているように見える。まるで、何かにおびえているよう。 「分からなくても良い。信じられないだろうから。けれど、今のうちに 言っておくね。さようなら」 「違う!ぼくが言ってるのはそういう事じゃない。理由が分からないって 言ってるんだよ!そんなわけのわからない言い訳しやがって!」 彼女は、僕の声に驚いたのか飲みかけのコーヒーが入ったカップを床に落とした。 コーヒーは薄茶色のカーペットの上に広がり、じわじわとしみこんでいく。 「ごめんなさい。今は、本当の事は言えないの。けれど、さよなら」 僕の中で何かが切れた。あんなにいとしかった彼女も、今となってはもう 悪意の塊にしか見えなかった。あのときの甘い言葉、暖かい体温、柔らかい声。 すべて嘘だったのだ。すべて虚構だったのだ。すべて、ぼくをだますためだったのだ。 こんな女、居なくなってしまえば良い。死んでしまえば良い。 ぼくは立ち上がり、台所にある包丁を手にした。彼女は立ち上がり逃げようとするが、 壁にぴったりと張り付くことしかできないようだった。人間はパニックになると そんな簡単なこともできなくなるのかと、哀れに感じた。手にした包丁を、彼女の胸に差す。 意外と柔らかいものだ。悪意の塊というのは、柔らか味のあるものなのか。そんな悪趣味 な事を考えていると、彼女が最後の力を振り絞り、笑顔を作った。 「だから、言ったでしょう?」 |